兵庫県芦屋市のマンションの解説

厳しい景観条例に守られた美しい住宅都市、リゾート都市としても開発が進む
 芦屋市は兵庫県の南東部、大阪と神戸のほぼ中間に位置し、面積約18.57平方キロメートル。東西約2.5km、南北約9.6kmと南北に細長いエリアで、北は六甲の山並み、南は大阪湾に面し、温和な気候、美しい自然環境、至便な交通環境などの生活条件に恵まれた住宅都市だ。

兵庫県・芦屋市のマンション
 2016年、兵庫県・芦屋市で販売された新築マンションは88戸。芦屋市で昨年販売した新築マンションの価格相場は、6580万円で、中古マンション相場価格は1398万円〜5823万円だった。
 2017年8月現在、芦屋市の人口は、9万6321人で、総世帯数は4万4700世帯だ。

 芦屋市は1940年(昭和15年)に全国で173番目に精道村から芦屋市へと市制施行した自治体だ。市制施行の翌年、第2次世界大戦が始まり、順調に発展してきた市勢も戦時色が強まった。1945年(昭和20年)5月からの大空襲により、同市もまた甚大な被害を受けた。

戦禍からの復興期、「芦屋国際文化住宅都市建設法」制定
戦後、戦災からの復興をはじめ、戦後の再建に際して隣接市との合併構想も示されたが、芦屋市が将来とも高度な文化住宅都市としての特色を発揮していくための法的根拠が強く望まれ、住民投票の結果、1951年(昭和26年)に「芦屋国際文化住宅都市建設法」が制定され、国際性と文化性あふれる住宅都市の形成を目指し、魅力ある街づくりを進めてきた。1961年5月には、文化や産業の交流を通じて国際理解と世界平和に寄与するとして、米カリフォルニア州モンテベロ市と芦屋市とが姉妹都市提携した。こうして交通・産業・教育・文化・福祉面などの充実が図られた。

 1987年(昭和62年)からは、新図書館開館を皮切りに文化ゾーンの整備に着手。1988年(昭和63年)に谷崎潤一郎記念館、1990年(平成2年年)に美術博物館が開館し、芦屋市の文化ゾーンとも言える街が完成した。

阪神淡路大震災からの復興
 市民生活の向上を図りより快適な都市整備を進めていた1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神淡路大震災によって、またしても芦屋市は被災。阪神間都市の中で最も大きな被害を受けたとされている。その後、震災からの復興と安全で快適な街づくりに取り組んできた。2010年(平成22年)、芦屋市は市制施行70周年を迎えた。

 阪急芦屋川駅から徒歩圏内にある東山町、山手町、三条町、松浜町、平田町などの大正期に開発された山の手地区は、芦屋川や六甲山に近く、大阪湾を見渡すことのできる好立地にある。南傾斜地に建つ家々は成熟した文化を感じさせ、芦屋を代表する街並みが広がる高級住宅地だ。

 1960年代後半、朝日ヶ丘町周辺でマンション建設ラッシュを迎え、1970年代半ばには芦屋浜の埋め立て地に高層マンションが次々に建設された。これに伴って若い世代の流入が促進した。

高級住宅都市「あしや」の景観維持のための厳しい条例規制
 1980年代後期、JR芦屋駅前の再開発が行なわれ、駅周辺の商業施設が充実。芦屋駅前のイメージが刷新され、JR線沿いの利便性の高い住宅が供給され始めた。以降、JR以南の地域でも宅地化、マンション建設が進んだ。
 近年は沖合の人工島「潮芦屋」(南芦屋浜地区)も新たな住宅地として脚光を浴びているほか、マンションやゆったりとした一戸建て住宅、商業施設やマリーナの整備、桟橋付き高級宅地も分譲を開始。会員制リゾート施設の計画もスタートしている。歴史ある閑静な邸宅地としてのイメージに加え、海の景観を楽しめるリゾートエリアとしての新しい魅力が加わった。

 芦屋市の最大の特徴は市街化区域の9割以上が住宅地であるということ。市では「国際文化住宅都市」を目指し、住宅地の景観保全のため、市議会で「建築物の制限に関する条例改正案」が審議され、六麓荘町における400平方メートル未満の土地売買禁止、高さ10メートル以上の建物新築禁止、敷地面積400平方メートル以上の土地にだけに戸建住宅建設が許可される、いわゆる「豪邸条例」が可決された。全国に先駆けたこの条例は2007年2月から施行された。
 また2009年、全国で初めて自治体として市全域を「景観地区」に指定した。こうした行政策と、市民の協力によって憧れの住宅地としての魅力が保たれている。

 2015年には、「芦屋市屋外広告物条例」が市議会本会議で可決成立し、2016年7月より施行。この条例では、屋上広告物、点滅式照明の全面禁止などが盛り込まれており、住宅地で突き出し看板の面積を1平方メートル以下に定めた点など、全国でもっとも厳しい規制となっている。

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