京都府京都市南区のマンションの解説

平安京の玄関南区、そのシンボルは世界文化遺産「東寺五重の塔」
 京都市南区は京都市の南部に位置し、おおむね東は鴨川を境にして東山区と伏見区に接し、西は西京区・向日市に、北はJR東海道線で下京区と右京区に、そして南は伏見区と接する。区の西部を桂川が、東端は鴨川が、また、区内の中央部を西高瀬川が流れ、桂川に合流する河川の多い区である。

京都府・京都市南区のマンション
 2016年に京都市南区で販売された新築マンションは74戸。同区で同年販売した新築マンションの価格相場は、3990万円で、中古マンション相場価格は1842万円〜3113万円だった。
 2017年11月現在、南区の人口は、10万1052人。総世帯数は4万8553世帯である。同区総面積は15.81平方キロメートルだ。

平安京の玄関口として重要な役割を持った街
 江戸時代、現在の京都南区域は、葛野郡、紀伊郡、乙訓郡の村々で構成されていた。1874年(明治7年)にこれらの村が統合され、さらに1889年(明治22年)の市制施行により南区域は、東九条村、吉祥院村、上鳥羽村、七条村の一部と大内村の一部、久世村で構成された。1931年(昭和6年)までに久世村を除く各村が京都市下京区に編入され、1955年(昭和30年)9月に下京区域のうち、おおむね当時の国鉄(現JR東海)東海道本線以南を分区して南区が誕生した。さらに1959年(昭和34年)に桂川以西の乙訓郡久世村を編入して、現在の南区となった。

 南区の九条通より北側の地域は平安京の南端にあたる。平安京の朱雀大路は、都の中央を南北に貫く道幅80mの大通りだった。この朱雀大路と九条通が交わる位置に、都の正面玄関である羅城門が置かれ、その東西には、都にふたつしかない寺院として、東寺と西寺が同じ規模で左右対称に配置された。

 現在、羅城門も西寺も失われたが、弘法大師(空海)によってさらに発展した東寺は、京都でも数少ない平安京創建当時の遺構としてその姿を伝える。その東寺は、1994年(平成6年)に世界文化遺産にも登録された。なかでも、高さ55mの五重の塔は日本一の高さを誇り、その美しい姿は京都のシンボルとして広く知られている。

 現在の南区域は、平安京の造営以来、都の玄関として重要な役割を果たしてきた。九条通より南の鴨川と桂川に挟まれた地域は淀川の水運と都を結ぶ陸路の要衝で、豊かな水に恵まれた近郊農業が発達し、現在まで、良質な京野菜の供給地として知られる。

平安以前から長岡京として発展した久世地域
 一方、桂川より西側の久世地域は、平安京の造営以前から長岡京の一部として発展してきた地域で、区画整理等の進展で近代的な姿に生まれ変わった現在も、平安京以前の非常に長い歴史を誇る史跡が点在する。
 また、吉祥院、久世、上鳥羽地域には、国の重要無形民俗文化財である六斎念仏が伝承されており、吉祥院六斎念仏は吉祥院天満宮の春・夏の大祭で、久世六斎念仏は蔵王堂光福寺の夏の八朔祭法楽会である。
 また、上鳥羽の六斎念仏(上鳥羽橋上鉦講)は、お盆を中心に地域のお地蔵さん等に奉納される。
 このほか、浄禅寺の鳥羽地蔵は、京の「六地蔵めぐり」のひとつであり、毎年8月22日から23日の地蔵盆は、多くの参拝者で賑わう。

 なお、他の自治体コラムでも触れたが、日本全国に「南区」は、北は札幌市から南は熊本市まで、13の政令指定都市に存在する。もっとも古い南区は横浜市南区で、1943年(昭和18年)に中区から分区して誕生した。熊本市南区は2012年に誕生した全国でもっとも若い南区だ。

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