愛知県名古屋市昭和区のマンションの解説

■名古屋市昭和区のマンション
 名古屋市昭和区は、同市のほぼ中央に位置し、総面積が10.94平方キロメートルの自治区。同区の人口は2017年1月現在、10万8569人、総世帯数は5万6108世帯だ。区の人口は1965年以降、徐々に減り続けていたが、近年中高層のマンション建設などの再開発が進み、増加に転じている。人口密度は東区に次いで高い。

 昭和区は、1937年(昭和12 年)の10区制の施行で、中区の区域であった御器所村を中心に、南区の一部区域を編入して誕生した。区名の決定当たって、御器所地区と広路地区の住民対立が影響したと言われ、安易に元号を区の名称にしたという説もある。昭和区誕生以降の区域については、1944年(昭和19年)の瑞穂区誕生による変更、1955年(昭和30年)に天白村編入などを経て、1975年(昭和50年)の天白区の独立で現在の区域になった。

 昭和区は良好な住宅地域で、とくに、東部の滝川、八事地区、隣接する千種区東部、瑞穂区東部とも連なるエリアは、市内でも有数の高級住宅地だ。また、八事山興正寺には、1982年(昭和57年)に国の重要文化財に指定された五重の塔があり、樹木の茂る興正寺公園には、「八事山を歩こう会」の散策コースが設定されている。

 八事山興正寺は、1686年(貞享3年)、天瑞和尚という僧侶が高野山からやって来て、この地に草庵を結んだのが始まりだとされる。1688年(元禄元年)に、尾張徳川の2代目藩主光友により寺院建立を許され、その後順次、伽藍が建立された。高野山真言宗別格本山で「尾張高野」とも呼ばれている。女人門を境に東山と西山にわかれ、東山を遍照院といい、西山を普門院という。東山は学問・修行の場で、高野山の奥の院にならい、参道の両側に石造の宝篋印塔(ほうきょういんとう)約360基が並び、女人門からは女人結界(入山禁止)とされた。しかし、西山は禁制がなく、自由にお参りできる信仰の場として、参拝者でにぎわった。

 西部の新堀川沿いは、市南部臨海工業地帯に連なる工業地帯で、自動車関連の金属製品・機械器具製造業をはじめ、木材・家具製造業が営まれている。ただ、近年は工場数が減少傾向にあり、住宅・商業地区に変わってきた。
 桜山・滝子・石川橋などに商店街があり、商業地として栄えている。八事を中心とする山手通周辺は近年、センスのいいファッショナブルな商店街が形成され、若者の街として賑わいをみせる。

 昭和区内には、名古屋大学医学部、名古屋工業大学、南山大学、中京大学、柳城短期大学など大学キャンパスのほか、高等学校も数多い。とくに、東部丘陵地帯は、市内でも有数の文教地区になっている。

 昭和区内の交通機関は、西部の区境にJR中央線が走り、東郊通には市内初の基幹バスが走る。また、区の中央部を東西に地下鉄3号線(鶴舞線)、南北に地下鉄6号線(桜通線)が貫き、さらに、東部の山手通には、環状運転を行なう地下鉄4号線(名城線)も走っており、区内のみならず、郊外をも結ぶ動脈としての役割を果たす。

名古屋市昭和区のマンションをもっと見る

連載コラム

特集

もっと見る