愛知県名古屋市東区のマンションの解説

■名古屋市東区 その街なみと特徴
 名古屋市東区の人口は2017年1月現在、7万8554人で、総世帯数は4万1784世帯である。同区の総面積は7.71平方キロメートルと、名古屋市全16区のなかで最も面積が小さな自治区であり、人口密度は名古屋市全区で最も高く、1平方キロメートル当たり1万人超となっている。

 名古屋市東区に相当する街づくりは、江戸時代の清洲越であり、名古屋城の城下町、武家屋敷や寺町が基となる。
 東区は、1908年(明治41年)4月、名古屋市に初めて区制が施かれた際、広小路通の北側のうち御幸本町から東側を区域として誕生した。藩政時代の武家屋敷の街に生まれた街道筋の商業・住宅地を中心だった。

 その後、1921年(大正10年)8月に隣接する5カ町村を合併。人口は13万人超、面積は約4倍となった。この頃から、矢田・大幸地区には電機工場・製陶工場などが進出し、大工業地域に変貌する。その後、商工業が発展し、1936年(昭和11年)に人口27万人に達した。

 そのためか、翌1937年(昭和12年)10月に、区の東半分にあたる千種・東山地域が千種区として、1944年(昭和19年)2月に、北部の杉村・六郷地域が北区として独立、現在の東区に近い自治区ができた。

 現在の名古屋市東区は、名古屋市において都心部を構成する行政区だ。桜通・国道41号、19号などの主要幹線道路、地下鉄東山線・桜通線、JR東海中央線、名鉄瀬戸線の交通機関を持ち、快適な居住性を誇る。西南部は、錦通・桜通を中心とした商業ビジネス地域であり、大企業の本社や支社が置かれ、経済活動の拠点とする。また、中心部は閑静な住宅地であり、東部には多数の教育施設がある。さらに矢田川に沿って高層住宅が立ち並ぶ。

 東区は、藩政時代の武家屋敷を中心として発展したことから、名古屋大学、愛知大学ほか有名高等学校など伝統ある学校も数多い。尾張藩にまつわる旧跡、尾張徳川家の菩提寺である建中寺を始め由緒ある神社・仏閣が多いのが特徴。徳川園は、園内にある尾張徳川家ゆかりの徳川美術館・蓬左文庫と一体で歴史文化拠点となっている。

 また、明治以降の近代的な洋風建築が集まる白壁・主税・橦木地区は、市の街並み保存地区に指定されており、1922年(大正11年)に建てられた荘厳な旧名古屋高等裁判所庁舎は市政資料館として公開されている。
 大幸南には、ナゴヤドームがあり、プロ野球ほか各種イベントが開催される名古屋の名所となっている。


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