神奈川県川崎市幸区のマンションの解説

■川崎・幸区のマンション
 2015年、川崎市幸区で販売された新築マンションは532戸。同区で昨年販売された新築マンション相場価格は4360万円〜5310万円だった。同区内の中古マンション相場価格は3230万円~5270万円。
 川崎市幸区の2017年1月現在の人口は、16万3567人。総世帯数は7万6906世帯だった。区の総面積は10.09平方キロメートルである。つまり、川崎市の行政区で人口が最も少なく、面積も最も小さい区でありながら、人口密度が2番目に高いのだ。

 現在の幸区の区域は、1889年(明治22年)に市制・町村制が施行され、御幸村、日吉村、住吉村に属していた。1912年(明治45年)の府県境界変更で、東京府荏原郡矢口村(現:東京都大田区)にあった古市場が、御幸村に編入され、1924年(大正13年)に、御幸村は川崎町、大師町と合併して川崎市となった。その後、1937年(昭和12年)に日吉村の一部が川崎市に編入され、現在の区域全域が川崎市となった。1972年(昭和47年)の川崎市、政令指定都市移行にともない区制が施行され、幸区が誕生した。

 同区の名称の由来は、1884年(明治17年)に明治天皇が小向梅林に行幸(御幸)したことにちなむ「御幸村」の村名だという。

 幸区は川崎市南東部に位置し、川崎区・中原区、横浜市の鶴見区・港北区、東京都の大田区と隣接する。区内では、幹線道路の国道1号線(第二京浜)が区域の東側を南北に縦断し、国道409号線(府中街道)が北側を東西に横切っている。鉄道はJR南武線と横須賀線が西側を南北に縦断しており、JR川崎駅、尻手駅、鹿島田駅、新川崎駅の4駅が立地する。

 地形は、区域北西部に位置する加瀬山(標高約35m)とその周辺を除き高低差はあまりなく、平坦な土地が広がる。区域の外縁部は多摩川、鶴見川、矢上川に囲まれる。これらの河川や水路は、緑豊かな加瀬山とあわせて区域内に残された貴重な自然環境となっている。

 明治時代の中ごろまで、おもに米作農村地帯だったが、鉄道の整備や国道1号線(第二京浜)の開通、工業用水水源地の設置などで、大規模工場の進出が始まった。同時に関連する中小工場の集積、工場の勤労者向け住宅の建設が進み、工場と住宅が併存する市街地が形成され、工業都市に変貌する。
 昭和に入ると南部鉄道(現:JR南武線)や新鶴見操車場が整備され、同区域の都市化、工業化は一層進む。第2次大戦後、戦災から復興し、高度成長期を迎えると、工場と住宅の集積はさらに進み、工場と住宅が高度に密集する市街地が形成。
 近年は産業構造の変化に伴い工場移転が進み、跡地に大規模な集合住宅などが建設されている。また、研究開発部門などの都市型産業の立地が進み、2000年(平成12年)に慶應義塾大学の研究施設K(ケイスクエア)タウンキャンパス、2005年(平成15年)にはかわさき新産業創造センター(KBIC)が開設された。また、川崎駅前にミューザ川崎セントラルタワー、ラゾーナ川崎プラザ(東芝ビル)などがオープンして新しい都市の表情をつくり出している。

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