神奈川県横浜市磯子区のマンションの解説

■横浜・磯子区のマンション
 2015年、横浜市磯子区で販売された新築マンションは71戸、相場価格は2980万円〜4610万円だった。同区内の中古マンション相場価格は2720万円~3810万円だ。
 2016年12月現在、磯子区の人口は、16万7944人。総世帯数は7万9933世帯だ。1991年をピークに、同区の人口はゆるやかな減少傾向にある。なお、40%町の区民が横浜市生まれで占められる。

 磯子区は横浜市の東南に位置する南北に細長い形をした区。根岸湾に面した海岸部分の平地とそれを囲む丘陵地からなり、その境には斜面緑地が点在している。また、同区南部の峰・氷取沢には市内でも有数の大規模な緑地が広がる。同区の総面積は、19.02平方キロメートルである。

 現在の磯子区は、明治時代以前は徳川家の直轄領だったが、当時は交通の便が悪く、商業よりも農業と漁業をしている住民が中心だった。
 横浜市が区制を施行した1927年(昭和2年)10月1日に、磯子区は人口3万人で誕生した。同時に、鶴見区、神奈川区、中区、 保土ケ谷区が発足し、市内5区となった。
 同区発足時の町制は、滝頭町、磯子町、岡村町、森町、中原町、杉田町、矢部野町、田中町、栗木町、上中里町、峰町、氷取沢町、西根岸町、丸山町の14カ町だった。
 1930年(昭和5年)、湘南電気鉄道(現:京浜急行)が開通、森駅(現在の屏風浦駅)が開業した。
 1940年(昭和15年)、根岸の埋立地(現在の鳳町の一部)に日航の飛行場が完成。国際空港にふさわしい近代的なターミナルビル、全長26m、主翼の長さ40mの大型飛行艇が12機納まる大格納庫などが建ち並び、日航横浜支所が置かれた。しかし、戦争との結びつきは避けられず、やがて日航は会社ごと海軍に徴用された。
 戦後、1948年(昭和23年)に金沢区が分区。
 1960年頃から根岸湾の埋立てが行なわれ、重化学工業地帯が誕生。その際に同時整備したのが現在の汐見台だ。当初からガスや電気などのライフラインを地下埋設とし、下水道完備、保存緑地などが整備され、1960年代当時として、最新構造の都市基盤をもった街が誕生した。

 1964年に国鉄(現JR)根岸線が桜木町から磯子まで延伸に伴い丘陵部の開発が進み、磯子駅周辺のマンション建設が進み、昭和60年代まで人口が急増した。

 現在、同区はJR根岸線のほか京浜急行が通り、道路交通網では首都高速湾岸線、国道16号、横浜市道環状2号、同環状3号などがあり、都市基盤完成度では市内屈指といえる。

 ただ、新規分譲住宅地が少ない為、同区内の大規模な住宅地開発は、1970年の根岸線・磯子〜洋光台間開通にともなう洋光台団地の建設が最後となっている。以前の人口急増は過去のものとなり、古くからの住宅地では高齢化も進んでいる。

 こうして同区は、古くからの町並みと高度経済成長期に開発された新興住宅地、そして臨海部の工業地帯と緑豊かな丘陵地・斜面緑地といった多様性を持つ区なった。2017年(平成29年)は10月1日に区制90周年を迎える。

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