神奈川県横浜市保土ヶ谷区のマンションの解説

■横浜・保土ケ谷区のマンション
 2015年、横浜市保土ケ谷区で販売された新築マンションは480戸。同区で昨年販売した新築マンション相場価格は3090万円〜4030万円だった。同区内の中古マンション相場価格は2670万円~4570万円だ。
 横浜市保土ケ谷区の2017年1月現在の人口は、20万6621人。総世帯数は9万4013世帯である。

 横浜市保土ケ谷区は、帷子川・今井川のふたつの川とそれを取り囲む起伏に富んだ丘陵部からなり横浜市のほぼ中央に位置し、東西5.8km×南北7.4km。総面積は21.81平方キロメートル。起伏に富み山坂が多く、最高地は今井町で海抜97m、最低地は天王町で海抜0.1mとなっている。

 保土ケ谷区のホームページでは、区の名称に使っているカタカナの「ケ」が、小さな「ヶ」ではなく、大きな「ケ」だと、わざわざ明記して喧伝している。これは、横浜市の「区の設置並びに区の事務所の位置、名称及び所管区域を定める条例
(条例第1号、昭和34年3月14日制定)」で定めており、条例で大きな「ケ」を使用することが定められているからだとしている。

 1889年(明治22年)横浜市が誕生。1887年、東海道線が国府津まで延伸、程ヶ谷駅(現在のJR保土ケ谷駅)が開業した。その後、1927年(昭和2年)に保土ケ谷町が横浜に編入され、区政施行により保土ケ谷区が誕生した。
 1933年(昭和8年)、神中鉄道(現在の相模鉄道)が横浜駅に乗り入れ、厚木〜横浜間が開通した。第二次大戦の空襲で市内は消失、戦後の再建に。

 1959年に横浜市を東西に横断する横浜新道が開通し、第三京浜を経て東京へのアクセスが容易になった。また、1974年(昭和49年)に保土ケ谷バイパスが出来、市内を南北に縦断する自動車専用道路で東名高速道路とつながった。
 1990年になると、首都高速神奈川3号狩場線が開通、環状2号線も順次つながり、保土ケ谷区は自動車専用道路の要衝となる。

 2000年に保土ケ谷区の人口がはじめて20万人を突破する。2007年に区制80周年を迎えた。

 保土ケ谷区内で唯一の大学である横浜国立大学(常盤台キャンパス)と保土ケ谷区は、地域における大学の教育・社会貢献活動の促進と、安全・安心、活力あるまちづくりに向けた地域課題の解決を目的とし、双方が持つ知的、人的、物的資源を最大限に活用し、さらなる相互連携の充実・強化を図るため、2003年(平成25年)2月に連携協力協定を締結し、地域の課題解決などの施策に臨んでいる。

 同区内の大半は住宅地のため大規模スーパーなどの商業施設が多い。かつて、日本硝子、日本カーリット、保土谷化学工業、古河電池など大規模な工場群があったが、現在すべてが移転。古河電池本社を残してすべての関連施設は移転した。これらの工場跡地は、横浜ビジネスパークや大規模マンション群になっている。

 保土ケ谷区は、横浜市の中心部にありながら、水や緑などの自然環境に恵まれており、帷子川沿いの「水の軸」、区の西部に残された緑を南北に結ぶ「緑の軸」、旧東海道沿いの「歴史の軸」として「水と緑と歴史のトライアングル」を構成。これが貴重な地域資源となっている。

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