神奈川県横浜市南区のマンションの解説

■横浜市南区のマンション
 2015年、横浜市南区で販売された新築マンションの相場価格は、3570万円〜4910万円だった。同時期、同区内の中古マンション相場価格は2560万円~3840万円。
 2017年3月現在、横浜市南区の人口は、19万4471人。総世帯数は9万6220世帯だった。横浜市内18区で高齢化率がトップクラスで、ひとり暮らしや高齢世帯が増加している。 同区の総面積は12.63平方キロメートルである。

 南区の中央部を京浜急行が縦断、同じように鎌倉街道も南北にとおる。鎌倉街道の地下には横浜市営地下鉄ブルーラインが走っている。鎌倉街道に平行して大岡川と途中で分流する中村川が流れ、さらに磯子区へ流れる堀割川も分流する。大岡川沿岸は「大岡川プロムナード」として整備され、桜の名所でもある。

 現在の横浜南区のエリアは江戸時代、ほぼ農村だった。1656年に江戸の商人 吉田勘兵衛が、大岡川河口を新田として埋め立てる許可を江戸幕府から受け、大規模な工事が1667年に完成した。新田は「吉田新田」と名付けられ、その後の横浜発展のために重要な役割を果たした。
 横浜港の開港後、文明開化とともに新しい文化・技術・産業などが普及し、明治から大正時代にかけて商工業が発展した。また、横浜で最初の小学校が開設され、そのうちの3校が南区内に誕生した(大岡・石川・太田小学校)。1882年には、横浜の貿易商人たちが後継者育成のために、現在の横浜商業高等学校(Y校)の前身となる横浜商法学校が創立した。吉田新田は横浜の発展に伴い、市街地に変わってゆく。
 1927年、横浜市の区制が施行され、現在の南区は中区の一部となった。1930年、湘南電鉄(現在の京浜急行)が開通するとさらに市街化が加速した。

 1943年(昭和18年)、旧中区から分区し、南区が誕生した。戦時中の空襲によって区域の40%が被災し、横浜市内でもっとも大きな被害を受けた。戦後は一部が進駐軍に接収されたが、その後の復興はめざましく、1960年代に宅地開発が進み、人口が急増。1969年(昭和44年)、区域南部が港南区として分区、現在の南区となった。2013年(平成25年)12月1日、区制70周年を迎えた。

「七つの丘」と呼ばれる変化ある地形や、区の中心部を流れる大岡川と桜並木、永田に現存する大正期の登り窯など豊富な地域資源に恵まれている。一方で、丘陵地が多く、区内は起伏が大きいため、交通利便性の向上が必要とされるエリアも多い。現在の南区は、今も下町情緒が生き続ける人情味の豊かな活気あふれる街となっている。


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