東京都昭島市のマンションの解説

水と緑豊かな東京のベッドタウン、近郊住宅都市「アキシマ」
 昭島市は東京都のほぼ中央にあり、新宿副都心から西へおよそ35kmの位置にある。東・北は立川市、西は福生市、南は八王子市・日野市に接する。都心まで電車で約40分と交通の便も良く、高層マンションなどの建設が続いている。
 1954年(昭和29年)5月1日に、北多摩郡昭和町と拝島村が合併して東京都で7番目の市として誕生した。「昭島」という名は、このふたつの自治体名を合わせて命名したもの。当時の人口は3万6000人余りだった。

東京都・昭島市のマンション
 2016年、東京都・昭島市で販売された新築マンションは228戸。同市内の中古マンション相場価格は1630万円〜3282万円だった。

 昭島市の2017年9月現在の人口は、11万2991人。総世帯数は5万3280世帯だ。昭島市の総面積は17.34平方キロメートルである。

養蚕業の街から軍需産業の発展で人口急増
 昭島は、明治時代末より製糸工場が相次いで操業を開始し、大正時代に入ると市域一帯が桑畑になるなど養蚕業が盛んだった。生糸生産において東京の生産高の3割近くを占め、全国的に見ても大規模な養蚕地域となった。

 昭和初期、生糸価格が急激に暴落したために養蚕農家の戸数は減少し、養蚕業はほとんど行なわれなくなった。代わりに戦時体制強化のなか、立川飛行場に近かったため航空機を中心とする軍需工場と陸軍施設が相次いで建設された。
 1938年(昭和13年)、名古屋陸軍航空工廠の発動機・起動機部隊が立川に移転し、立川陸軍航空工廠が開設。それに伴って昭島市域に従業員のための大規模な住宅が建設され、近代化された八清住宅周辺で商店街や映画館などができ商圏として活性化されたとされる。このため人口もさらに急増し、なかでも昭和村には軍施設が集中した。

都心への通勤圏、近郊住宅地として発達
 戦後は都心への通勤圏の住宅地として発展、大型団地建設などで人口が増加した。
 同市を東西に貫くJR青梅線の北は、工業地帯とゴルフ場、昭和記念公園などが大部分を占める。1957年に工場誘致条例を制定、工業団地が建設され、近年の電子機器などのハイテク産業発展につながる。その北部に対して市域南側は多摩川に至る地域で住宅地が広がる。最南部である多摩川の河岸付近地域には団地や教育機関が集積する。

 昭島市は米軍横田基地に近いことから、米軍航空機騒音を避けるため、市内の公立学校のすべての窓は二重とされ、エアコンが完備されている。
 その横田基地は、昭島市のほか福生市、瑞穂町、武蔵村山市、羽村市、立川市にまたがる広大な航空基地だ。この基地は極東各地に展開している米軍の部隊及び基地に対する物資・兵員の輸送中継基地及び指揮の中枢基地となっている。また、在日米軍再編の一環として、2012年(平成24年)3月、航空自衛隊航空総隊司部などの移転により、航空自衛隊横田基地としても運用が開始された。

「アキシマクジラ」と自前市営水道の自治体
 1961年、JR八高線多摩川橋梁付近で160万年前と推定されるクジラの化石が発見され、同種類のくじらが他所で発見されていないため、和名「アキシマクジラ」と命名された。このことから、昭島市付近は160万年前当時、多摩川の河口で海に面していたとされる。なお、100万年以上も前のクジラの全骨格化石がほぼ完全な形で発見されたのは世界でも例がない。国立科学博物館と昭島市役所に化石が展示されていたが、現在は群馬県立自然史博物館に移送され、調査研究が実施されている。
 アキシマクジラは同市のシンボル的存在であり、市内のマンホールにはクジラの画が描かれている。また、毎年夏に開催される「くじら祭り」、東中神駅前の「くじらロード」など、市内のいたるところにその名がある。

 昭島市の大きな特徴のひとつ、「昭島の水道水はおいしい」がある。これは、昭島市が地下水にめぐまれ、この地下水を利用して市営の水道事業を行なっているからだ。「おいしい水」、それが同市の誇れる財産だという。また、水道産業新聞社によれば、同市の水道料金は全国で5番目の安さだという。

 同市内には国内でも有数の規模を誇る国営公園「昭和記念公園」がある。一般的には立川市にある公園と思いがちだが、かなりの部分が昭島市にまたがっている。なかでも同公園内のレインボープールは完全に昭島市内にある。

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