東京都府中市のマンションの解説

■東京・府中市のマンション
 2015年、東京府中市で販売された新築マンションは246戸。同市で昨年販売した新築マンション相場価格は3450万円〜4900万円だった。同市内の中古マンション相場価格は2770万円~4620万円。
 府中市の2016年12月現在の人口は、25万8093人。総世帯数は12万2753世帯だ。府中市の総面積は29.43平方キロメートル。東京都のほぼ中央にあり、新宿副都心から西へおよそ22kmの位置にある。京王線特急停車駅の京王府中駅から新宿まで22分の距離だ。

 府中市の歴史は旧く、西暦645年「大化の改新」で武蔵国の政治の中心“国府”が置かれた。その武蔵国の領域は現在の東京多摩地区だけでなく、東は現在の葛飾区から西は秩父、南は横浜北部までの広大なエリアだった。
 早くから政治、経済、文化の中心地で、鎌倉時代末期は多くの合戦の舞台となり、江戸時代には甲州街道の宿場町として栄えた。明治以降は郡役所が置かれるなど、多摩地域の中心として歴史的役割を担ってきた。
 1954年(昭和29年)4月、府中町、多磨村と西府村の1町2村が合併し、人口約5万人の府中市が誕生した。

 同市中心部の市役所に隣接する大國魂神社は、都内でも屈指の古社で、今から1900年以上前の景行天皇(けいこうてんのう)の時代に、武蔵国の鎮守(武蔵国魂)として大国魂大神(おおくにたまおおかみ)を祀ったのがはじめだとされる。大化の改新の後、現在の府中市大國魂神社に隣接した場所に武蔵国の国府が置かれると、武蔵国の総社(斎場)となり、国内の著名な六所の宮を合祀したので、六所宮(ろくしょぐう)と称されるようになった。毎年、5月5日に行われる例大祭には、八基の華麗な神輿と日本一の大太鼓が繰り出し、多くの人でにぎわう。

 府中市内の広大な多磨霊園は、1923年(大正12年)に都市計画の一環として東京都がつくった日本初の公園墓地で、面積は約132万平方メートル(40万坪)。周囲を武蔵野の面影を残す雑木林に囲まれた園内には、道が碁盤目状に走り、桜の名所としても知られている。埋葬者はおよそ28万柱といわれ、政治家、学者、芸術家など多くの著名人も眠っている。なかでも文学者の墓が多く、菊池寛や北原白秋をはじめ、与謝野晶子、与謝野鉄幹、江戸川乱歩などが眠る。

 府中市中心部の大國魂神社につづく表参道の馬場大門ケヤキ並木は、1062年(康平5年)源頼義(みなもとのよりよし)・義家(よしいえ)父子が奥州安倍一族の乱を鎮圧した帰途に、ケヤキの苗1000本を寄進したことに始まるといわれる。その後、徳川家康が関が原、大坂両役の戦勝の御礼として馬場を献納しケヤキを補植した。所有者は前述の大國魂神社で、国指定の文化財である。

 市中心部の京王線府中駅南口(宮町1丁目)では再開発が行なわれ、第一街区(キーテナント:伊勢丹)の完成から約20年、現在最終街区の整備が進められ、2017年春に再開発の完全終了を迎える予定だ。このエリアは市内随一の商業施設の集積地。同時に高層マンション街区でもあり、駅から徒歩5分圏内に高層マンションが建ち並んでいる。

 市内には行政機関や東芝やNEC、サントリーなど大企業の研究開発施設など大規模事業所も多い。そのため、昼間人口と夜間人口が拮抗している。このあたりが近隣のベットタウンと様相が異なる。

 公共競技施設として入場客数20万人超を誇るJRA(日本中央競馬会)の東京競馬場があり、春には「オークス」「ダービー」、秋には「天皇賞」「ジャパンカップ」などのG1レースが開催され、多くの競馬ファンで賑わう。

府中市のマンションをもっと見る

連載コラム

特集

もっと見る