東京都北区のマンションの解説

■東京・北区のマンション
 2015年、東京・北区で販売された新築マンションは974戸。販売価格は4150万円〜5310万円。中古物件の相場は2850万円~5200万円だった。

 北区としての発足は戦後、1947年(昭和22年)に王子区と滝野川区の合併以降。東京・北区は23区北部に位置し、面積は20.59平方キロメートル、23区で11番目の広さだ。
 区の西側は武蔵野台地の一部をなす高台で、それを削るようにして石神井川などいくつかの川が流れている。区の東側は低地で、台地との境は崖線になっている。こうした地理的な特徴から、北区一帯には湧水や滝が多く、水に恵まれた土地として古くから知られる。同区内には飛鳥山公園、清水坂公園、赤羽自然観察公園、都立浮間公園など、緑豊かな公園が多い。
 北は荒川と荒川放水路に接し、埼玉県川口市と戸田市に接する都県境の自治体だ。県境の区でありながら田端地区と中里地区の一部は山手線の内側に位置する。
 また、JRの駅は11駅あり、これは23区中でもっとも多い。これに地下鉄、都電を加えると20駅。平均すると1平方キロメートル当たり1駅となる。区内のほぼ全域が駅からの徒歩圏、歩いて暮らすのに便利な街といえる。都心へのアクセスも非常に良い。

 2016年9月現在、北区の人口は34万4237人、総世帯数は18万9462世帯だった。総人口中1万8844人は外国人だ。なお、65歳以上の人口は8万7677人で人口に占める構成比は25.5%に達する。この65歳人口および構成比は23区中トップだ。また、働き盛りの35~49歳の人口は、23区で最下位である。加えて、死亡率は23区で第2位、出生率は21位、自然増加率は台東区に次ぐワースト2位だ。区外からの転入者が多い台東区と比べ、北区は社会増も多くない。ただ、人口減少は2000年で底を打っており、以降は微増に転じた。

 明治維新以降、北区は東京を代表する工業特区として発展する。1875年(明治8年)に「日本資本主義の父」ともいわれる渋沢栄一氏がこの地に製紙会社「抄紙会社」を設立する。現在の製紙会社の2大巨頭とも言われる王子製紙と日本製紙(旧十條製紙)のルーツだ。製紙工場はさまざまな薬品を使用するため、周辺に化学工場が立地し、昭和の初めには、北区は重化学工業を中心とする東京屈指の工業地帯として成長した。
 また、「抄紙会社」に隣接する場所に1876年、大蔵省紙幣寮(後の大蔵省印刷局、現在の国立印刷局)が開設され、国産第1号紙幣が製造された。北区は日本の紙幣発祥の地でもある。

 同区西が丘に2008年に開設した「味の素ナショナルトレーニングセンター(National Training Center、NTC)」は、2000年に当時の文部省が告示して設置したトップアスリートのためのトレーニング施設。管理は独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が行ない、日本オリンピック委員会(JOC)加盟団体所属の競技選手強化目的で利用されている。隣接する国立スポーツ科学センターと連携してオリンピック選手の育成を行なう。

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