東京都墨田区のマンションの解説

■東京・墨田区のマンション
 2015年、墨田区で販売された新築マンションは412戸。販売価格は3450万円〜5710万円。中古物件の相場は3520万円~5490万円だった。

 墨田区は、1947年(昭和22年)3月15日に、北部区域の向島区と南部区域の本所区が合併して誕生した。
 広く人々に親しまれてきた隅田川堤の通称“墨堤”の呼び名の「墨」と、“隅田川”の名の「田」からの2字を選んで名付けられたのが「墨田区」である。その隅田川の堤は、江戸八代将軍・吉宗が桜を植えたことで、下町庶民の行楽地となった。
 墨田区は、東京都の東部、江東デルタ地帯の一部にある。区の形は南北にやや長く、東西約5キロメートル、南北約6キロメートルで、面積は13.77平方キロメートルで、東京都23区中17番目の広さだ。
 地形は、海面からの高さ最高4メートル、最低マイナス1.2メートルの平たんな低地である。

 2016年9月現在、墨田区の人口は、同区発表によると26万4695人。総世帯数は14万4444世帯。人口は、東京オリンピックが開催される前年、1963年(昭和38年)の32万6000人をピークに減少傾向となってきたが、2003年3月の半蔵門線延伸の影響も手伝ってか、2004年以降、増加に転じている。

 墨田区両国エリアは大相撲の街だ。初代国技館は1909年(明治42年)、両国の回向院(えこういん)隣接地に建設された。第2次大戦後、台東区の蔵前に移転するが、1985(昭和60)年に両国の地に戻ってきた。当然ながら、相撲部屋の数も多い。52ある相撲部屋のうち19部屋までがこの墨田区に本拠を置いている。
 また、両国国技館に隣接する「江戸東京博物館」は、年間180万人の来場客がある。ちなみに、初代国技館の隣にある回向院には、なかなか捕まらなかった江戸の義賊“ねずみ小僧”のお墓があり、その“強運”にあやかろうと多くの参拝客が訪れる。合格祈願や開運祈願に人気が高い。ねずみ小僧の墓前には、削り取るための墓石があり、これを少量削ってお守りとする。

 現在の「隅田川花火大会」の原型となった、両国で行なわれた「川開き花火大会」は、江戸時代の1733年(享保18年)に始まった。「隅田川花火大会」は、毎年100万人を超える見物客が訪れる同区最大のイベントだ。下町情緒あふれる墨田区は、江戸時代から続く伝統的、文化的所産の宝庫といえる。

 押上・業平橋エリアに2012年(平成24年)5月に開業した「東京スカイツリー」は、年間300万人を超える観光客を動員する。旧電波塔である東京タワーのおよそ2倍の634メートルの高さを持つ世界一の自立式電波塔。東京のランドマークで、同区の新しい観光スポットとなった。大規模商業施設の「ソラマチ」や「墨田水族館」を内包する。

JRと東京メトロの2路線に接続している錦糸町は、北口にアルカキット錦糸町、オリナス錦糸町、南口にLIVIN 錦糸町、丸井錦糸町と複数の商業モールがあり、にぎわいを見せている。

 墨田区で特徴的な街は、向島エリアか。墨田区中西部に位置する下町・向島は、現在でも100人近くの芸妓を抱える向島、現在でも16軒の料亭が立ち並ぶ東京一の花街だ。夜となれば芸妓がそぞろ歩く姿も見られる。ただ、下町らしい飾らないざっくばらんな芸妓衆が多く、赤坂などの超高級料亭とは異なる趣が人気の秘密。料亭を中心に寿司や蕎麦、和菓子など江戸を代表する食の店が軒を連ねる。

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