東京都文京区のマンションの解説

■東京・文京区のマンション
 2015年、東京・文京区で販売された新築マンションは494戸。同区で昨年販売した新築マンション相場価格は5710万円〜8440万円だった。同区内の中古マンション相場価格は5650万円~7930万円。商業地区は少なく、教育機関や医療施設、公設機関・大規模な公園などを除くと、区内全域が閑静な住宅街といえる。

 文京区の人口は、2016年9月現在、21万3083人で、うち外国人は8725人。総世帯数11万6153世帯。文京区は、東京都の区部(23区)の中心地に近く、都心3区(千代田、中央、港)のやや西北部に位置する。皇居を中心として、北の方角に当たり、いわゆる「山の手」の一角にある。
 総面積は11.29平方キロメートルで、東京都区部の50分の1であり、23区で20番目と小さな面積の区といえる。総面積の90%が山手線の内側にあるが、JRの駅はひとつもない。ただし、地下鉄網は充実しており、丸ノ内線、南北線、中央線、千代田線、有楽町線、三田線、大江戸線が縦横に走る。

 江戸時代、城下の開発が進められ、現在の文京区には大名屋敷、武家屋敷が置かれ、伝通院、護国寺、根津神社などの寺社が創建され、次第に街が形成された。江戸時代半ばには、文京区内の大半が武家屋敷で占められていたが、幕府の官学の府ともいうべき湯島聖堂、昌平坂学問所もあった。

 明治時代に入り、明治政府は教育に力を入れ、多くの官立、私立学校が区内に設立され、学校の転入も相次ぐ。広大な武家屋敷の跡地は、大学などの教育機関の敷地や軍用に転用。明治10年に、東京大学が旧本郷本富士町の加賀前田屋敷跡に開学し、わが国の学術研究と高等教育推進の中心的役割を果たすことに。また、私学としては、明治初期の同人社、済生学舎に始まり、称好塾、哲学館と次々に創立された。同時に、昌平坂学問所跡に師範学校、女子師範学校が設立された。また、女子高等教育の普及とともに、日本女子大学校、女子美術学校が創立され、文教地区の“文京”の特徴が鮮明になった。
 これとともに、坪内逍遙、森鷗外、夏目漱石、樋口一葉、川端康成など、多くの著名な文人が住み、この地を舞台に数々の名作を著し、文教の地としての厚みを一層増したといわれる。
 また、後に日本を代表することになる出版社が当地に編集部を構え始めた。また、出版社などと関係の深い、印刷、製本業の密集地域ともなり、地場産業として発展した。同時に日本最先端の医療機器製造業や医療機関も置かれるようになった。
 一方、小石川御薬園が前身の東京大学付属の植物園である「小石川植物園」(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)、水戸徳川家の上屋敷内の庭園である現在の「小石川後楽園」、柳沢家の下屋敷庭園だった「六義園」など、貴重な緑地を今に残している。


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