千葉県船橋市のマンションの解説

■千葉県・船橋市のマンション
 2015年、千葉県・船橋市で販売された新築マンションは560戸。同市で昨年販売した新築マンション相場価格は2450万円〜4700万円だった。同市内の中古マンション相場価格は1530万円~3610万円である。

 2016年10月現在、千葉県・船橋市の人口は、同市の発表によると63万0349人。総世帯数は29万1815世帯。そのうち外国人は1万4903人だ。人口は千葉市に次いで県内で2番目となる自治体だ。2011年に同市は中核市に移行した。

 千葉県北西部の葛南地域に位置し、東京都心から20km圏にある。同市面積は85.62平方キロメートル。名称の由来は諸説あり日本武尊(やまとたけるのみこと)や景行天皇(けいこうてんのう)の東征にまつわる伝説にもあるようだが、市のホームページによると「古代、海老川に船を並べて橋としたことから起こったのではないか」としている。

 船橋市は1937年(昭和12年)に、船橋町・葛飾町・八栄村・法典村・塚田村が合併し、千葉県下4番目の市として誕生した。当時の面積は約40平方キロメートル、人口は約4万3000人だった。
 船橋市街は大戦の戦災をまぬがれ、農産物・海産物の集積地として買い出しのメッカとなり“日本の上海”とも称されたという。
 1953年に千葉郡二宮町が、1954年に千葉郡豊富町が船橋市に合併となる。これを機に船橋市の面積は38.6平方キロメートルから79.9平方キロメートルと約2倍になり、人口は一挙に11万人超となった。

 東京湾最奥部に面し、かつては遠浅の海岸の浅瀬・干潟が広がっていたが、1960年代に入って京葉工業地帯造成が始まり、船橋市も呼応して1956年から埋め立てによる工場用地造成をスタート。たくさんあった干潟のほとんどが埋め立てられた。1964年には中小企業団地も造成されるようになる。60年代後半から習志野や藤原で大規模工業団地の造成が行なわれ、食料品工業を中心とした産業が遊離される。製缶工場から一貫生産するサッポロビール工場をはじめとした大型食品コンビナートが形成されている。

 1960年代以前は、旧宿場町の本町通りと船橋駅から南に延びる駅前通りが商業の中心地だったが、1967年に現JR船橋駅南口に西武百貨店、1977年北口に東武百貨店が出店。同時期に津田沼駅周辺に相次いで大型店が進出したことから、このふたつの駅周辺が大きな商業地となった。1981年には船橋ヘルスセンター跡にららぽーとがオープンし、船橋商業地の第3地域となった。ただし、津田沼駅の正式所在地は習志野市だ。
 バブル崩壊後、宅地開発に伴う郊外型大規模ショッピングセンター進出や工場跡地などの再開発事業、市内のみならず東京都心や周辺地域との競争激化で、これら駅周辺商業地の地盤沈下が激しい。

 市内には37の鉄道駅があり鉄道網は発達している。ただ、都心から西へ向かえ路線がほとんどで、市内を南北に移動するのは、やや不便。同じように主要道路も東西方向に伸びており、慢性的な交通渋滞が起きる。

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