埼玉県志木市のマンションの解説

■埼玉県志木市のマンション
 2015年、埼玉県志木市で販売された新築マンションは無かった。同市内の中古マンション相場価格は2570万円だった。
 埼玉県志木市の2017年2月の総人口は7万5433人、世帯数は3万3567世帯だ。

 志木市は埼玉県南西部に位置し、総面積9.05平方キロメートルの自治体。その面積は、日本国内の市制施行の自治体市のなかで小さな方から6番目となっている。面積が小さな自治体のため、人口だけみると近隣自治体に比べ少なめだ。が、人口密度は非常に高く、東武東上線「志木駅」周辺は近隣自治体も含め、このエリアの中心的な商業地として発展している。
 東は荒川を隔て、さいたま市に、西南は朝霞市・新座市ならびに三芳町に、北は富士見市に接する。地形は、西南部は標高20メートル程度の平坦な台地だ。

 同市の公式HPによれば、「市の中心を流れる新河岸川と柳瀬川、そして、東を流れる荒川と、3本の川が志木のシンボルとなっている。なかでも新河岸川の舟運で栄えた商業都市として発展した、水と緑、人と自然が調和した都市」だという。

 1889年(明治22年)の町村制の施行とともに「志木町」が生まれ、1914年(大正3年)、東武東上線の開通と同時に「志木駅」が開業、交通、経済の要衝として発達した。1944年(昭和19年)、当時の入間郡宗岡村、水谷村の両村と北足立郡内間木村とが志木町と合併し「志紀町」となった。が、1948年(昭和23年)に分離解消され、1955年(昭和30年)に新たに志木町と宗岡村が合併して「足立町」と町名を改めた。その後、1958年(昭和33年)に朝霞市の一部を編入し、1970年(昭和45年)10月26日、地方自治法の改正により単独市制を施行し「志木市」となった。

 昭和後期、柳瀬川河畔に志木ニュータウンが造成、東武東上線「柳瀬川駅」が開業、首都近郊25km圏で、都心まで20分という好条件から、人口が急増し、住宅都市として発展した。自然や田園風景も残されている。

 同市は2002年(平成14年)に全国に先駆けて「小学校低学年の少人数学級制」を独自に採用した。また、新成人自ら毎年企画・運営して成人式を開催するなど、進んだ教育施策をとっているのも同市の特徴である。こうした市独自の教育への取り組みは、全国の自治体を対象に2004年に内閣府経済社会総合研究所が実施した、「生活者の視点による地域活力・活性化に関するアンケート調査」において、当市が「目標とする自治体」全国第4位となっている。

 2001年、志木市のほか朝霞市・和光市・新座市の4市で法定合併協議会を設置し、新市役所を朝霞市に置くこと、2005年3月までに合併することなどが決定し、人口45万人の中核市を目指すとしていた。しかし、4市の住民投票で和光市が反対多数(他3市は賛成多数)となり協議会は解散した。和光市が反対した理由については、朝霞市のコラムを参照されたい。

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