埼玉県川越市のマンションの解説

「小江戸」の名で親しまれる、さまざまな産業がバランスした中核都市
 川越市は、埼玉県の中央部よりやや南部、武蔵野台地の東北端に位置し、面積109.13平方キロメートルの都市だ。東京都心から30km圏に位置するベッドタウンであり、かつ農産物を生産する近郊農業、交通の利便性を生かした流通業、伝統に培われた商工業、豊かな歴史と文化を資源とする観光など、充実した都市機能を持っている。埼玉県南西部中心都市として発展している。

埼玉県・川越市のマンション
 2016年、埼玉県川越市で販売された新築マンションは181戸。同市内の中古マンション相場価格は974万円〜3896万円だった。
 2018年2月現在、埼玉県川越市の人口は、同市の発表によると35万2369人。総世帯数は15万6090世帯だ。

 川越市は、古代より交通の要衝、入間地域の政治の中心として発展してきた。平安時代には桓武平氏の流れをくむ武蔵武士の河越氏が勢力を伸ばした。室町時代には、河越城を築城した太田道真・道灌父子の活躍し、扇谷上杉氏(おうぎがやつうえすぎし)が関東での政治・経済・文化の一端を担い、河越は繁栄する。江戸時代には江戸北端の防衛前線であり、舟運を利用した物資の集積地として重要な地域となった。

埼玉県内で市制施行した初の自治体、鉄道網の整備で発展する
 1895年(明治28年)開業の川越鉄道(現在の西武鉄道)、1914年(大正3年)開業の東上鉄道(現在の東武鉄道)などの鉄道網が整備され、川越の発展を促した。

 1922年(大正11年)には埼玉県内で初めて市制を施行し、人口3万1000人の川越市が誕生した。
 1939年(昭和14年)に田面沢村を編入、1955年(昭和30年)に隣接する芳野村・古谷村・南古谷村・高階村・福原村・山田村・名細村・霞ケ関村・大東村を合併し、現在の市域となった。2003年(平成15年)に埼玉県内で初めて中核市に移行した。

年間600万人の観光客が訪れる観光都市
 川越市は、かつての川越藩の城下町で、「小江戸」と呼ばれている。現在も川越市の一角には、黒い漆喰壁、重厚な観音開扉、大きな鬼瓦という類焼を防ぐための巧妙な耐火建築である「蔵造り」が残っており、古くからの街並みを見るために年間600万人もの観光客が訪れる観光都市だ。
 市の中心部、この蔵造りの街、仲町、川越一番街、札の辻、本丸御殿、菓子屋横町などには、景観保存のための建築制限が設けられている。

 また、国土交通省の観光ルネサンス事業に指定され、外国人富裕層の誘致促進の観光振興策を実施している。外国人観光客向けプロモーションビデオのコンペ「小江戸川越ビデオ大賞」を実施、優秀作は海外に配信している。東京近郊で交通至便、江戸情緒を実体験できる街として人気で、川越を訪れる外国人観光客は年間4万人超となっている。

 同市では、先進的な自転車貸出システムである「川越市自転車シェアリング」が実施されている。市役所・川越駅・市内の各観光名所などに設置されたポート(駐輪場)のどこでも24時間自転車の貸出・返却(乗り捨て)ができる。利用には専用のICカードかポートの端末機のタッチパネルに必要事項を入力後、クレジットカードを挿入することで利用できる。1回当たりの利用時間が40分以内の場合は、基本料金のみで何回でも利用できるので、観光客にも人気だ。

すべての産業がバランス良く成長する総合的な産業都市
 このように同市は有名な観光地ではあるが、工業製品の出荷額は県内2位、農産物の出荷額においても県内3位、商品取引額も3位と、すべての産業がバランス良く成長する綜合都市だといえる。

 また、1929年(昭和4年)に解説された埼玉県発のゴルフ場「霞ヶ関カンツリー倶楽部」は、日本でもっとも歴史あるゴルフ場のひとつ。1957年(昭和32年)に日本で初めて開催されたゴルフ・ワールドカップ第5回大会が開催された。2020年の東京オリンピックでは、民間施設として唯一の五輪会場としてゴルフ競技の会場となることが決定している。

 東京都心への鉄道アクセスは至便で、新宿へ向かう西武新宿線、JR埼京線、東武東上線(東京メトロ副都心線)があり、池袋へも埼京線、東武東上線などが運行する。

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