埼玉県さいたま市浦和区のマンションの解説

■さいたま市・浦和区のマンション
 2015年、さいたま市・浦和区で販売された新築マンションは463戸。同区で昨年販売した新築マンション相場価格は4030万円〜5310万円だった。同区内の中古マンション相場価格は3200万円~4040万円。
 2016年11月現在、さいたま市・浦和区人口は、浦和区の発表によると15万8218人。総世帯数は7万0922世帯だ。

 浦和区の面積は11.51平方キロメートルで、さいたま市10区のなかで中央区に次いで狭い。そのため人口密度は1万3746人/平方キロメートルとさいたま市のなかでもっとも高い。ちなみに人口密度が低い区は岩槻区で2270人/平方キロメートルだ。

 江戸期、浦和は日本橋から3番目の宿場町として繁栄。1871年(明治4年)に埼玉県が成立し県庁所在地で、県の行政・教育・文化の中心地となった。
 1923年(大正12年)の関東大震災で比較的地震被害が少なかったことと、東京都心から20キロメートルの比較的至便なことから、住宅地としての評価が高まり“鎌倉文士と浦和画家”と評されたように多くの文化人が東京から移り住んだとされる。

 1934年(昭和9年)には浦和市となり、戦後は住宅都市・文教都市として発展を遂げた。国内屈指の公立高校・浦和高校をはじめ、国内最古の公立女子高校・県立浦和第一女子高校があり、浦和は県内屈指の文教都市とされる。
 2001年(平成13年)5月に“平成の市町村大合併”の一環か、大宮市などと合併してさいたま市が誕生。2003年(平成15年)4月にさいたま市は、念願の政令指定都市へ移行にともない、旧浦和市は4つの区に分割され浦和区が誕生した。旧浦和市のその他の区は、緑区、桜区、南区。

 現在、埼玉県庁やさいたま市役所が置かれる行政の中心地であり、近年では浦和駅周辺地区を中心に超高層マンションや商業施設などの再開発、道路整備が進む。区外周部となる常磐や岸町は、埼玉県屈指の高級住宅地だ。都市改造の一環として1981年(昭和56年)には浦和駅西口に再開発ビル(浦和コルソ)が建設、駅前広場が拡張され、現在でも県下最大売上を誇る伊勢丹浦和店が開店した。2007年(平成19年)には浦和駅東口に浦和パルコが開店した。
 また、浦和駅西口南地区では27階建高層ビルを中心にした再開発も進んでおり2020年(平成32年)に完成予定だ。
 うらわ美術館や青少年宇宙科学館などに代表される芸術・文化施設や浦和駒場体育館、市営浦和球場、浦和駒場スタジアムなどのスポーツ施設も充実しているのも同区の特徴だ。
 昨年の上野東京ライン開業などにより東京駅や新宿駅への所要時間が25分と利便性が高まり、マンション開発が活発化している。

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